映画「 博士の異常な愛情!」

物語は、米ソ冷戦時代。アメリカ空軍は毎日、B52爆撃機をソ連に向けて飛ばし、何事もなければソ連領空に入ることなく引き返すという日課を繰り返していました。

ある日、アメリカ空軍のジャック・リッパー将軍(スターリング・ヘイドン)が、R作戦実施を命じます。

つまり、ソ連領空内に入り、攻撃目標に核爆弾を落とせという命令。事実を知ったマンドレイク大統領(ピーターセラーズ)たちは、ソ連にB52を撃墜するよう依頼します。というのは、一か所でも攻撃されたらソ連の“皆殺し爆弾”が起爆するから…。

ピーター・ジョージ原作の「破滅への二時間」は、ストレートなSF(でいいのかな)サスペンスでした。

それをキューブリックが、テリー・サザーンと共にブラック・コメディーに改変しています。そもそも僕は、この映画でブラック・コメディーという言葉を覚えたのでした。

この映画では手書き文字の味わいと、名前のビリングを守りながら(たぶん)、文字の大小アンバランスをうまく生かしたところが秀逸です。

実はB52爆撃機の無機質な美しさがポイントなんです。看護師 年収高額求人ナースサーチ

映画「灰とダイヤモンド」

物語は、第二次大戦が終結するころのポーランドが舞台です。

マチェック青年(ズビグニエフ・チブルスキー)は、ワルシャワ蜂起の生き残り戦士で、共産党とはナチスドイツに対して共同戦線を組んでいた一派ですが、ドイツなき後の主導権をめぐって共産党幹部を暗殺しようとしています。県の書記長シシュカが乗ったジープに自動小銃を浴びせ、目的達成と思ったら、それは無関係な労働者だった。そこでシシュカにつきまとい、さらなるチャンスを狙う、という展開です。

率直に言うと、あまりよく分からない映画です。この“分からない”には2つの意味があり、ひとつは僕が当時のポーランドの情勢についてよく知らないから分からない、ということです。

もうひとつは、1957年の制作当時、ポーランドの体制がソ連を敵視したり共産党を悪く描く映画は作れなかったことによる、ワイダの自主規制を含めた描写不足です。

圧倒的な映像美は、ラストシーンです。

「スタンド・バイ・ミー」

ロブ・ライナー監督による、1986年作品です。多くの人の心をとらえた作品ですが、決して出来のいい映画ではありません。

というか、出来が云々と議論する映画ではないです。

おそらくこの映画を見る誰もが過ごしたであろう12歳の夏休み体験を(12歳以下の人には現在形)、映画を見ながら思い返す作品です。

つまりこの映画を見る人は、自分の12歳の体験とこの映画を重ね合わせ、現在の自分のありかたを考えます。あるいは、現在の自分との“時の流れ”を味わいます。

もっと単純に、あの時代の自分を思い出して郷愁に浸るだけの人もいるはずです。そんな多様な、そして個人的な楽しみ方を基本とする映画に対して、映画の完成度から出来を云々することは、そういう楽しみ方をしている人となじまない。僕はそう考えています。

物語は、小学校を卒業して中学に進もうかという4人組が、たまたま聞きつけた“線路ぎわに死体が放置されている”というニュースに、それを見届ける冒険旅行をするというものです。

映画「メン・イン・ブラック3」

物語は、40年前にK(トミー・リー・ジョーンズ)が逮捕したボリス・ジ・アニマル(ジェメイン・クレメント)が脱獄するところから始まります。そして40年前にタイムスリップしてKを殺そうとする。J(ウィル・スミス)もそれを追って、という展開です。

冒頭、刑務所に面会に来るボリス・ジ・アニマル(ただのボリスでいい!って?)の彼女なかなかいい感じ。ニコール・シャージンガーというーホノルル生まれのケンタッキー育ちの歌手でもある女優さんらしいです。

いいアイ・キャンデー(目を奪われるからアイ・キャンデー、まさにそのとおり)です。それがとっとと消え去るという無粋な作りがいかんとです。Kと昔何かあったらしいO(エマ・トンプソン)が登場するのも新味かと思いきや、あっという間に40年前に戻るから、トンプソンの出番が少ないです。

若いOを演じるアリス・イヴが平凡すぎてつまらないです。

大佐を演じた黒人俳優のマイク・コールターって見覚えがあると思ったら、「グッド・ワイフ」の大物クライアントです。

映画「ハッピーストリート裏」

映画は、村木(内藤剛志)がアパートで目覚めるシーンから始まります。隣にいる女(伊藤幸子)の、わけありの雰囲気がいいです。

そして砂本(諏訪太朗)と若い男が訪ねてきて、この4人で組織から麻薬取り引きの代金を強奪する計画だと分かります。そして回想シーンに入って、4人それぞれの過去が描かれるのですが、これが見事に刈り込まれていて、ダレない。さらに自主映画とはとうてい思えないアクションシーンが連続して驚きます。

2008年に初めて見たときは、僕自身の中で“自主映画”というものに固定観念があり、それを覆す娯楽映画という内容だったことに驚きました。

今回はもう分かっているので、じっくり楽しむことができたわけです。分かって見ているのに、短いカッティングには驚きました。

短いから驚くだけならサブリミナルですが、そうではなくて簡潔な文体となっているのです。

もちろん自主映画ですから、限界もあります。たとえば雑誌編集デスクのセリフがどうしようもなく棒読みです。

映画「牝猫と現金」

物語は、ピエロというギャングが4億ドルを持ち逃げし、ギャングに追われて国鉄駅構内で殺されるところから始まります。ピエロの情婦カトリーヌ(ミレーユ・ダルク)は、たまたま出産していたので施設に収容されています。そこへ刑事(モーリス・ビロー)は来る、ギャングの手先が来ます。

カトリーヌは同室となったマリテ(アヌーク・フェルジャック)と共に、お互いの赤ちゃんを連れて施設を抜け出し、ピエロが隠した大金を見つけに行きます。当然ギャングたちもそれを追う、という展開です。

僕は冒頭から、ミシェル・マーニュの荘厳なギャング映画風音楽とモーリス・フェルーのグラフィックな感覚に惚れてました。カトリーヌたちを包囲したギャングが、アラモの砦よろしくハーモニカで寂しい曲を奏でるあたり最高です。

追っ手だったジョー(アンリ・ガルサン)が、いつの間にかカトリーヌの側につくあたりも、もう少し説得力があったと思います。

カトリーヌとマリテの水浴シーンに惑わされただけではないと思います。